あの日の少年

 オーナーからの電話で起きる。成島君と3人で昼飯を食べに行こう、と。
もちろん行く。成島君とは久しぶりだ。そして、これが最後だろう。
行った店はウチの近くのフランス料理(?)の店。
こういう、いくつも皿が出てくる料理は苦手だ。1皿の一品料理のほうが好きです。
覚えておいて。
まぁ色々話したね。もう1度成島君と会えて良かったよ。
お互いの未来に幸あれ、だね。

 日記の読者サマから応援メールが届きました。
感激です。
この日記を読んでいる人は1日10〜15人くらい いるらしいのだが、
それが誰なのか全く知らないし、こうしてメールをもらえると嬉しいです。
素直にね。

 メールには洞峰公園まで走っているのがスゴイ、とありました。
そういえば1年生の頃、そこまで走ると知って驚いた覚えがあります。
僕はいつも中央公園から走り始めているけど、洞峰公園までは3km弱。
往復6km弱という計算だ。(本当は5kmくらいなんじゃ・・・と思う。)
う〜ん・・・入学当初は驚いた距離だったけど、今では短い部類に入るな。
何でも脂肪が燃えるには30分以上走らなければならないらしい。
洞峰公園を往復してくると30分もかからないのよね、コレが。
だからちょっと短い、というわけ。
でも、その距離さえも体力がた落ちの今の自分には丁度いい位なのであります。

 小学校の頃、マラソン大会までに自主トレか何かで走らなければならない距離が決まっていた。
で、その〆切前であと40周分足りなかった。
この40周というのは「校舎回り40周」である。グラウンドだと32周。
ただ、その日は雨でグラウンドがぬかるんでいて使えなかったのだ。
そして僕は走った。走った。走った。
ただ、ひたすらに。ただ、やみくもに。

 そうて、もう何周走ったのか、曖昧になってきても走り続け、ついに40周走り終えた。
それは距離にしてみれば約8kmくらいだったと思う。
小学校当時の僕にとっては凄い距離だ。
でも、自分はそれを走りきることが出来た。
その事実が、それ以降の僕の支えになった。そこまでは自分は出来るんだ、と。
ふと思い出した、そんな思い出。

 ていうか、そこまでして〆切までにちゃんと走ってた僕って、真面目だなぁ。
凄いぞ、過去の僕。
今の僕も、負けずに頑張るよ!

ABOUT ME
著者近影
宮城島 俊太 (Shunta MIYAGISHIMA)

茨城県つくば市在住のウェブサイト運営者。ネット上ではc-miya、orefolderなどの名前で活動しています。

ストレスに弱いので、できるだけ好きなことだけをして生きたいと思いながら生活しています。「楽しい」が優先順位の一番上に来るようにしたいですね。

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